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2009/7/27
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今日はアメリカ基地と、横浜で銃の事件があった。日本で銃の事件というのはかなり特殊だがアメリカでは刃物と一緒のレベルな気がする。西部劇をよく見る夫は、飛び道具を使うのはやはり邪道の戦いで喧嘩は一対一、素手の殴り合いがいいらしい。(昔のヨーロッパではなぜか貴族の決闘は拳銃でするが)

いろいろ犯罪を犯した人間をどうこう言うことはできる。裁判員になれば裁くことまでできる。でも、いきなり凶悪犯で生まれたわけではない、それだけは言える。最初はただ泣くだけの赤ん坊だった。


なぜか10才前の子供は、特に女の子だが好んで女の子の絵を描く。自身に見立てているのか、憧れか何でもいいが、「遠近法のない」書き方をする。10才ころには遠近法のある絵の描き方を学び始めるが自由に書き散らすときはそういう書き方をする。

10才をすぎると絵を好むこどもはそれなりな書き方を始める。そして男女の遊びがはっきり違ってくる。同じ面もあるが、女子は動き回るのはあまりしない。男子は動き回ってばかりいる。

小学校の一二年では、三角ベース(野球の前身)をしている上級生を興味深そうに見ている子は見ているが、上級生が気が向いたとき少しだけ「味見」させてもらえる。「味見」だからゲームには関係ないことにしておく。で、うまくなるとメンバーが足りないときは入れてくれる、常連になる。
(このだんかいでは女子もいれてくれる)


私は三年生で転校して、四年生で近所の少年少女混成ソフトボールチームに入った。うちのチームはぎりぎりなのでへっぽこな私でもレギュラーだった。ライト八番と言えば、ソフトや野球を知ってる人なら、へっぽこなのがわかる(ただプロの打順と守備は、いろいろあるので何とも言えないと思う)私がなぜか得意になってしまったのはバントである。完全に球の勢いを殺すのかキャッチャーよりやや遠目にコロンと転がるので、私を仕留めても走者がいれば進塁する。

高校時代に、別のチームで五年生女子でエースピッチャーだった子が言うに私は「いやなバッター」だったそうだ。私の打順にツーアウトであるか、走者が居ないか祈ったという。極端にバントシフトを敷いても、進塁されるので困ったそうだ。私は足が遅いため「私」をアウトにするのは簡単だが、塁に韋駄天のごとき走者がいたら一点取られかねない。ピッチャーがとても嫌なんだそうである。

まあ小学生や体育の授業の話であるが。
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風邪をひいたというより、日本が寒くなってきたというのだ。明日はさらに寒いらしい、東北以北は最も早い初雪になるかもしれない。

というのでお鍋。100円ショップの土鍋、肉、もやし、こんにゃく、春雨…これだけはいるかな、肉ともやしとこんにゃくでいいか。出し昆布も買ったし。うどんのつゆで食べる。

フリーズドライの大根おろしがあるのでみぞれ鍋にしよう。

西日本から東北にかけて鍋でせう道行く猫に聞けば答へり ゆふ
私個人は、月のあたる部屋で寝ていると必ず変な夢を見る、時には悪夢も見る。昨日は別に悪夢ではなかったが、あるべきものがない(学生の名札のようなもの)をどうして?と探して焦るところで目が覚め、起きると夏の着物をつかんで、ぐちゃぐちゃにしていた。

で、またカーテンを開けた窓からまんまるい月がしっかり照らしているんですねえ。

で、なんだか変な感じになったまま五時ごろまた寝たが、月は黄色になって、だいぶ沈んできていた。

朝ご飯にチヂミを焼いて、焼き終わって食べているとレンジの汚れに火が付いているのでフライパンで空気を遮断して消そうとした(なぜ水をかけなかったか消防署の人に凄く尋ねられたし、フライパンの位置も何度も聞かれた、なぜか水をかけるいけないと思っていた、それは電気の話だ。フライパンの位置についてはやはり詰めが甘いところにあったのだ、もし空気を遮断したいなら。)食べてふと見たらレンジフードまで火が上がり、もうこうなったら消火器を誰かに持ってかけてもらうしかないので、非常ベルを鳴らした。でも自治会長が飛んできてくれて放水、という最悪の事態にならなくてよかった。

で、お礼を私に行く途中なぜか油みたいなものが流れ出ていて転んで打撲。


ここまでが金曜の話。

火事と言うのは大変で、いろいろな書類や修理の打ち合わせのために夫が帰ってこなければならなかった。

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私はときどき非常に凶暴な私をなだめながら日々を過ごす。ときに自分をどうにかしたいというときもあるが、耳がいたいのに子供が泣くとイライラして逆さ落としをしたいほどになる。不思議なことに、インフルエンザか高熱でぐったりしている子を看病している姿を見るとその子供が憎くなって(妬ましいのか?)耳ぐらいは引っ張りたくなるし、逆に虐待的な行為をしている親を見るとこっちは大人なので持てる力のすべてを使って殴ってもいいのではとさえ思う。その位ぶんなぐっても向こうのほうが頑丈そうなのだ。ただ道義的にどういうことになるのだろう?バスでちょっと何か言った子供に関節技をかましているの、黙ってみてられない。

私はいろいろな年齢の私が体の中に居たり、誰か別の人がいるので夜寝る前話をするが、これは乖離しているらしい。精神障がい者のNPOで施設長をしている人と話していてそういう風に聞いた。私は小さいころから絵本やテレビのキャラクターと話す子どもだったし、あのころは誰でもそんな感じだったので、大人になった今でもそうかと思うと違うのだそうだ。ましてや年齢の違う私とか実在しない人と話はしないのだそうだ。

でも、そういう人?たちと話さないと、夜中おなかがすいてリンゴをむこうと刃物を見たら、自分を刺したくなって止める人が出てこないし。

やはりキーワードは虐待らしい。昨日父に何となくきつい言葉をかけられたら昼間なのに凶暴なのと対峙する羽目になった。その傍らで電気の修理の話などしてるんだからすごく疲れる。今日虐待関係の本を読んでいたら、状況がよくわかったが精神的に妙になり、たまたま泣いていた迷子の子供をどうにかしそうになって逃げ帰った。

真剣にそういう凶暴なのはなんとか大人しくなってもらわないと、なんだか犯罪者になりそうで怖い。今のところ自分が逃げているが。
大学卒業後から、そういう願望を持っていた。たぶん学生時代が一番楽しかったからかもしれないし、不本意ながら大学院に進学できなかったからかもしれない。まあ、就職活動に追われていて、卒業論文はとにかく枚数を埋めればいいという感じだったので評価は最悪だったのではないか。

にもかかわらず私には内定は一つもなかった。卒論の発表会の日も私は
就活していて欠席だった。お見合いの相手に送ってもらった子が発表した。私は就職浪人も考えていたが、父の勤務先が倒産すること間違いなしで、一刻も早く卒業してくれと言うことだった。

で、地元の今のハローワークに行ったら「ソロバンも簿記もできない子に就職先はない」と言われて簿記を習い始めたのだ。簿記でもソロバンが主流だった。とにかく岐阜市のハローワークでも私の仕事先はなく、新聞広告に載っていた会社にもぐりこんだ。

新聞広告の会社と言うのはあまり信用しないほうがいいところが多いが仕方がないのである。

そこでうつを完ぺきに発症し、解雇に近い退職をした。

実は父は就職のあてはあって、自分の売値を釣り上げていたが、私の惨状に急きょ私の就活の手助けをする羽目になった。

何でもいいから教育実習をして、免状をとればどこかへ行けたのだろうか?あの大学は教職には一世紀の歴史があるのだ。
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